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羽生直剛(FC東京)のプレースタイルと評価を紹介!年棒はいくら?

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今回の記事のテーマは、FC東京のミッドフィルダー羽生直剛選手についてです。

とても渋く地味な選手ですが、羽生直剛選手をこれまで長く見ている人からは、

『いぶし銀の光沢を放つ男』

『必要な時に必要な場所に必ずいる選手』

『もっと上手い選手がいても、どうしても使いたくなる選手』

など、高い評価が与えられているのです。

今回は、その羽生直剛選手のプレースタイルが、どのようにして確立されたのか、その理由や、貰っている年棒のこと、そして噂される宗教と創価学会との関係についても見てみることにしました!

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FC東京・羽生直剛のプレースタイルと評価をチェック!

羽生直剛選手のプレースタイルは、2002年のジェフ市原時代から、2010年頃のFC東京初期の時代までと、その後の時代では、かなりの変化があります。

2002年のジェフ市原時代から2010年頃のFC東京時代の羽生直剛選手のプレースタイルは、豊富な運動量でピッチをところ狭しと走り回り、チャンスメイクをするといったものでした。

しかし、対人プレーはそれほど強いとはいえず、パスやシュートの正確さや、タイミングもイマイチです。

そんなわけで羽生直剛選手は、相手をかわして自分からゴールを決めるという派手なプレースタイルではありません。

いわゆる点取り屋ではなく、攻撃陣をサポートする役に徹していたので、トップ下やサイドには、羽生直剛選手が最適だったのです。

羽生直剛選手は、167センチ62キロと、サッカー選手としては異例といえるほど小柄(長友選手とほぼ同じ位の体格)です。

その体格から強引な突破や、空中戦を主戦場とするには、羽生直剛選手が向いていなかった、とみることもできるでしょう。

小さな体格という縛りによって、別なところで他者と勝負できる部分を追求した結果、羽生直剛選手の『終始動き回りサポートする』というプレースタイルになったのだろうと思います。

当時のオシム監督には、羽生直剛選手にこんなことを言われたそうです。

お前がこのチームで一番よく動いているのは、わかっている。

しかし、もっとうまく効率よく動けば、さらに怖い選手になれる。

相手が怖がる所へ入っていきなさい。

そして、その数をもっと増やせば、さらに怖い選手になれる。

オシム監督は、またこんなことも言っていたそうです。

90分を通して、誰にも触れられない選手になりなさい。

さすが『オシムさんらしい!』という言葉ですね。

そして、この終始動き続けて、相手の怖がる所に顔を出すことこそが、羽生直剛選手の真骨頂といえるプレースタイルとなりました。

この動きは、後になって、守備に重点を置くようになってからも、そのまま変わりません。

これが

『必要な時に必要な場所に必ずいる選手』

『もっとうまい選手がいても、どうしても使いたくなる選手』

と言われる、評価される理由なのです。

もし、羽生直剛選手に体格のハンディキャップがなかったなら、このような動きに徹することはなかったかもしれません。

身体の大きさと、強さがあれば、終始動き回るという、しんどいことをしなくても、サッカーというスポーツで、良い成果を上げることも十分に可能だからです。

しかし、そのような身体の大きさと、強さがない羽生直剛選手は、終始動いて、相手の怖がる所、いやがる所に顔を出すことにより、その存在価値を認められたのです。

羽生直剛選手の後期のプレースタイルは、前期の活発に動き回る攻撃的サッカーから、守備に重点を置くものに変わっていきました

羽生直剛選手本人も、

この歳になって、ようやく守備の面白さがわかってきました。

と語っているほどです。

若い頃の爆発的な運動量はなくなりましたが、その代わり、ボールを持っていない時でも、優れた戦術理解力と予測能力により、ここぞという時、ここしかないという場所にいるという、そんなプレースタイルに変わってきたのです。

こうして、目立たないことで目立つという、チームにとって絶対に必要な選手になったのです。

FC東京のチームメイトは、

「ニュウさんがいるからこそ、攻守両面でFC東京がスムーズに機能する」

と、羽生直剛選手を讃えています。

派手な動きで華麗なゴールを決めたり、圧倒的な強さで対人プレーを制したりすることだけがプレースタイルではないと、羽生直剛選手のプレーが教えてくれたのです。

 

FC東京・羽生直剛の年棒はいくら?

羽生直剛選手の年棒ですが、以下のようになっています。

羽生直剛の年棒一覧

2012年 5500万円
2013年 2400万円
2014年 2000万円
2015年 2000万円
2016年 2000万円

やはり羽生直剛選手の全盛期時代といえる2012年あたりは、かなり年棒が高いですね。

また、2013年の年棒は、ヴァンフォーレ甲府でのものと思われます。

2014年以降の年俸は、据え置きという形みたいです。

 

FC東京・羽生直剛と創価学会の関係は?

FC東京の羽生直剛選手が創価学会に入っていることは、よく知られている話です。

ネットには、『創価学会会員のリスト』などというものも流布されていますしね。

『キリスト教信者のリスト』とか、『仏教信者のリスト』なんてものは、どこにもないのに、なぜか創価学会信者のリストがある、このあたりは不思議に思うところではあります。

一種の邪教撲滅運動みたいな形で捉えられているのかもしれませんね。

それはともかくとして、そのネット上で広がる『創価学会会員のリスト』なるものを見ると、またこれは凄い名前が連なっています。

色々な意味で凄いです(笑

どのように凄いかは、以下のリストを見ていただければ、おわかりになるかと思います。

とあるサイトでの創価学会会員のリスト(抜粋 順不同 敬称略)

バラク・オバマ アメリカ大統領
スティーブ・ジョブズ アップルCEO
ラリー・ペイジ google CEO

ロベルト・バッジオ サッカー選手・池田名誉会長直属
セルヒオ・ブスケツ サッカー選手
セイドゥ・ケイタ サッカー選手
ズラタン・イブラヒモビッチ サッカー選手

中村俊輔 サッカー選手
森本貴幸 サッカー選手
阿部勇樹 サッカー選手
宇佐美貴史 サッカー選手

羽生直剛 FC東京
中村北斗 アビスパ福岡
長谷川健太 清水エスパルス監督
西野朗 ガンバ大阪監督
中澤佑二 横浜マリノス

楢崎正剛 名古屋グランパス
加地亮 ガンバ大阪
槙野智章 サンフレッチェ広島
原口元気 浦和レッズ
宇賀神友弥 浦和レッズ

三船美佳 父親の故・三船敏郎 元夫の虎舞竜・高橋ジョージ
佐藤修 ボクシング選手
名護明彦 ボクシング選手

世界の名だたるサッカー選手も本当に創価学会会員だと言われているそうですよ。

  • セルヒオ・ブスケツ
  • セイドゥ・ケイタ
  • ズラタン・イブラヒモビッチ

この辺りのスター選手がとくに怪しいそうで。

ロベルト・バッジオ サッカー選手・池田名誉会長直属

このバッジオ選手については、どうも信憑性が高く、しかも、自分から進んで、創価学会に入信したのだそうです。

創価学会は、日本やロシアくらいでしか浸透していないと思っていたのですが、かなり意外なところから名前が出てきている印象です。

 

まとめ

今回は、羽生直剛選手のプレースタイルがどのようにして確立されたのか、その来歴を調べてみました。

羽生直剛選手のプレースタイルが確立するには、それなりの理由があったのだということ、そして後期になって守備重点のプレースタイルに変化しても、その根本の精神は変わっていないということも、わかりました。

身体が小さくても弱くても活躍の場がある数少ないプレースタイルの選手の代表として、羽生直剛選手がサッカー選手として永く活躍されることを期待しています!

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