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平山相太のベガルタ仙台・完全移籍の理由を考察!FC東京の反応は?

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2016年12月21日、FC東京の平山相太選手が、

ベガルタ仙台に完全移籍

というニュースが流れました。

ちょっとびっくりしつつも納得、という印象を持ちましたね。

はたして、平山相太選手は、どのような理由で長年住み慣れたFC東京を離れ、ベガルタ仙台に完全移籍することを決意したのでしょうか。

今回の記事では、そのあたりを見ていきたいと思います。

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平山相太がベガルタ仙台に完全移籍!その理由は?

平山相太選手は、190センチで85キロの大型ストライカーです。

2005年に、オランダのヘラクレス・アルメロで、プロサッカー選手のスタートを切りましたが、わずか1年で解雇され、2006年からはFC東京一筋のサッカー人生を送っています。

解雇の理由は、色々な説がありますが、ホームシックでハンバーガーを爆食い、ぼてぼてに太ってしまったので、チームが呆れて

「使い物にならない」

と、見放したという説が有名でしょうか。

さらに遡り、高校時代の平山相太選手は、高校サッカーの名門・国見高校で、ずば抜けた高身長と身体能力を活かしてエースとして活躍、全国優勝も経験しています。

しかも、

全国高校選手権での2大会連続得点王は史上初

のことなのです。

オランダから帰国後の平山相太選手は、目立った活躍もなく、いまや30歳を超える年齢となりました。

これまでの戦績は、

通算168試合で33得点

高校時代の伝説の割には、やや物足りないものがあると思います。

 

さて、平山相太選手は、FC東京との契約は2016年で終了します。

FC東京側からは契約延長の話が出ていたそうです。

そこへ寝耳に水のベガルタ仙台完全移籍のニュースです。

我々FC東京のファンとしても、当然、平山相太選手は2017年もFC東京でプレーと思っていましたので、正直、意外な感もあります。

しかし、平山相太選手のこれまでの行動を思い返してみると、

『なるほど納得』

という面もあるのです。

平山相太選手のこれまでの問題行動とは、なにか起こると、

正面から問題に対面して解決せず、逃げてしまう

ことが多かったのです。

平山相太選手自身のプレースタイルや、プレーの質、トレーニングに対する考え方、日常の生活での節制、いずれも問題が起こると同じです。

これらを考えてみると、今回の平山相太選手のベガルタ仙台への完全移籍も、一種の『逃げ』のような気がしてならないのです。

FC東京での今季は、

16試合出場・5得点

と出場試合数は多くはありません。

かといって、全く試合に出場していないということでもありません。

得点もFC東京の中では、1,2を争う得点数なのです。

それでもベガルタ仙台に移籍するということについて、平山相太選手の言葉では、

「新らしいチームへ完全移籍し、もう一度勝負をしてみたい」

ということだそうです。

平山相太選手の移籍理由は、やはりもっと出場機会を!ということなのでしょう。

一方、来季のベガルタ仙台のフォワード陣は、ウイルソン選手は甲府へ移籍、ハモン・ロペス選手は退団、金園英学選手は札幌フロンターレに完全移籍と、残っているのは、若手の西村選手ただ一人と、完全に駒不足。

ここへ経験豊富な大型フォワードの平山相太選手が加わるのは、ベガルタ仙台からみて大変なメリットになるでしょう。

それに、FC東京との契約も終了していますので、平山相太選手に対する移籍金が発生しません。

当初、ベガルタ仙台への期限付き移籍というニュースがありましたが、それが一転して完全移籍となったのは、『移籍金なし』ということも理由の一つなのかも知れません。

とあるQ&Aのサイトでは、

平山相太はどうして大成しなかったんでしょうか?

という質問に対して2つの答えがありました。

中田英寿選手と比較して、平山選手には信頼できる人間がいなかったのではないでしょうか。

また、物事に対する準備不足と甘く見るということもあります。

 

平山選手はこれからも大成しないと思います。

平山選手の性格を一言で言えば、『甘さ』に尽きるでしょう。

これは、今に始まったことでなく、高校時代からハングリーな闘志がまるで伝わって来なかったのです。

中田選手は高校時代からイタリア語の勉強をし、イタリア移籍直後でも、ある程度はイタリア語が話せたそうです。

それに比べて、平山相太選手はオランダに1年いても、オランダ語は、まるでできないままだったようです。

このあたりの二人の心構えには、大きな違いがありますね。

 

平山相太のベガルタ仙台・完全移籍へのネットの声

平山相太選手は、いくつかの面白エピソードがあります。

そのひとつは、2006年にJリーグデビューを果たし、デビュー戦の次の試合では、Jリーグ初得点を挙げたときのことです。

喜びのあまり、ゴールした後に、平山相太選手は看板を蹴飛ばして壊してしまいました。

それだけでも問題なのですが、その看板が、

スポンサー(三井住友海上)の看板

だったので大問題となり、後にクラブに損害請求されるという、武勇伝の持ち主なのです。

次のエピソードとして、U-21の日本代表として出場した、U-21中国代表とのフレンドリーマッチです。

平山相太選手は、相手ゴールキーパーと交錯した際に、

ボールを手で押し込んでゴールを奪う

という珍プレーを披露しています。

中国の監督は

「あのマラドーナスタイルにやられた」

と、後にコメントしていましたね。

一応、補足しておくと、『マラドーナスタイル』とは、かつてマラドーナ選手が、ハンド気味(というよりハンドそのもの)のプレーで、ゴールをしたのですが、審判はハンドの反則を取りませんでした。

その後、マラドーナ選手は、この件のことを聞かれた時に、名言を発しました。

あれは神の手だ!

平山相太選手のゴールも、神の手によるゴールだったのでしょう。

 

次に、今回の平山相太選手のベガルタ仙台への完全移籍についての、ネット上の声からです。

平山相太のベガルタ仙台へ完全移籍についてのネット上の声より

単なる無能

 

とっくにピークすぎてた

 

ただの早熟だろ

 

まぁ才能があったのは、間違いないだろうな

 

練習時間が短いから、時間余ってしゃーないわw

だからいつまでたっても下手なんだよ

 

そういえば、平山ってのおったなあ

高校時代だけ有名で、プロに入って以降はまったく名前聞かなかったが…

 

こいつの場合は本人の問題につきるやろうな

メンタル糞やったみたいやし

平山相太選手のメンタル面については、皆さん、やはり厳しい声が多いようですね。

 

まとめ

平山相太選手のベガルタ仙台への完全移籍の理由は、やはり

試合への出場機会

を求めてということが、もっとも大きな理由のようです。

FC東京ファンから見れば、半ばびっくりしつつ、半ば納得という感がありますね。

ベガルタ仙台側から見ると、フォワードの相当数が退団してしまい、来季は完全にフォワードが足りなくなりますので、平山相太選手は、まさに『渡りに舟』というところでしょう。

平山相太選手の精神面でのよからぬ特徴として、なにか問題が起きると、その問題に直面して解決しようとせず、

『逃げてしまう』

ということが見受けられました。

今回のベガルタ仙台への移籍もそうだとは言いませんが、平山相太選手自身が変わらないかぎり、どのチームに行っても同じような結果になるのではないか。

そんな気はしますね。

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