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河野広貴のドリブルをチェック!プレースタイルとその評価は?

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河野広貴選手が、ヴェルディ川崎でいきなり注目を集めたのは、日本代表選手の中村憲剛選手を、あっさり抜き去った時からです。

それは2008年3月9日のことでした。

中村憲剛選手といえば、当時は遠藤選手などと並んで、日本代表の中心として活躍していた名選手です。

それをあっさり抜き去ったということで、大変な騒ぎになりました。

それほどその時の河野広貴選手のドリブルは、スピードと左右への揺さぶりを併せ持ったとてつもない技術力でした。

今回の河野広貴選手のドリブル突破など、プレースタイルはどんなものか、またプレーへの評価なども調べてみました!

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FC東京・河野広貴のプレースタイル・ドリブルをチェック!

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冒頭で触れた河野広貴選手のドリブル突破は、東京ヴェルディが久しぶりにJ1復帰した2008年3月9日の対川崎フロンターレ戦でのことです。

当時の東京ヴェルディは長くJ2に沈んでいたのですが、J1復帰の第1戦でした。

高卒のルーキーだった河野広貴選手は、後半15分に投入されると、中に切れ込むと見せて、縦へドリブル突破をしかけ、日本代表の中心選手である中村憲剛選手を、いともあっさりと抜き去ってしまいました。

その時の河野広貴選手のコメントが、また大物ぶりを感じさせ、びっくりしましたね。

「気持ち良かったです。思ったより簡単に抜くことができました。」

日本の代表的なボランチの一人である中村憲剛選手を抜くのに、

『思ったより簡単だった』

とは…。

しかも河野広貴選手は、当時はまだ17歳だったのですよ。

得点こそあげることはできませんでしたが、その後も何度かドリブル突破をしかけ、川崎を揺さぶり続けました。

この頃のヴェルディの監督は現役時代から『闘将』と呼ばれていた柱谷哲二監督ですが、試合後のインタビューでは、

紅白戦でも調子が良かったので、交代は河野からと思っていた。

彼の良さはドリブルで、その良さが出た。

と語っていました。

東京ヴェルディの菊原コーチは

日本人にはいないタイプの選手です。

ドリブルは浦和の田中達也よりすごいでしょう。

2年たったら手が付けられなくなりますよ。

と、語っていました。

浦和レッズの田中達也選手は、当時の日本ではスピードナンバーワンと言われていた俊足の選手です。

筆者もそのスピードと抜けだしのタイミングの良さ、相手をかわす時の俊敏で巧みなフェイントには、観戦していて驚嘆したものです。

通常、フェイントで相手を抜く時には、1、2と左右に身体を揺すり、3で相手の逆を取って抜け出すのが普通なのですが、田中達也選手が絶好調の時には、2の段階で相手の逆をとってしまうのです。

これだけでも、田中達也選手がいかに動きの速い選手なのかがわかります。

そんな田中達也選手より上と言われたのですから、その時の河野広貴選手の動きがいかに凄かったかわかりますね。

河野広貴選手のドリブルは、スピードもありますが、それと同時に左右への細かいステップを併用するので、相手から見ると対応に困る厄介な選手です。

しかもパスの精度も高く、対人プレーにも強いという対戦相手からしてみれば、手に負えない怖い選手なのです。

また、河野広貴選手はメンタル面でも、FC東京のこれまでの選手とはかなり異質な存在です。

FC東京のイメージは

『お上品サッカー・殿様サッカー』

なのですが、これがFC東京の良さでもあり、弱点でもあります。

そのFC東京に、河野広貴選手は野性味というか、がむしゃらさを持ち込んだのです。

対人戦での当たりも激しく、また激昂しやすい性格なので、米本選手が靱帯損傷の怪我をした時にも、激しく抗議していて、かなり危ないシーンもありました。

これまで赤紙一発退場があまり多くないというのが不思議なくらい、河野広貴選手は熱い性格の持ち主です。

マッシモ・フィッカデンティ監督は、河野広貴選手を純粋なトップ下だと言っていたのですが、個人技とアイデアでチャンスを作り出し、

『河野ならなんとかしてくれる』

といった期待感を人に持たせるところは、トップ下というよりストライカータイプに近いようですね。

しかも労を惜しまず走り回り、対人戦に強いプレーで守備にも貢献し、足がつるまで、交代するまでは走り続けるという献身的なプレーは、見る人の気持ちを惹きつけます。

同時代には武藤選手や太田選手というスターがいたため、武藤選手たちの影に隠れがちですが、河野広貴選手のチームに対する貢献度は、決して武藤選手や太田選手にも劣らないものがあると思いますよ。

 

FC東京・河野広貴のプレーへの評価をチェック!

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河野広貴選手は、2008年のヴェルディの開幕戦での川崎戦で、J1初出場を果たしたのですが、その当時のプレーは、リオネル・メッシを彷彿させるとの評価もあったほどです。

河野広貴選手が東京ヴェルディでいきなり注目を集めたのは、あの日本代表の中村憲剛選手を、あっさり抜き去った時からです。

その時の言葉が、先ほども触れた、

「気持ち良かったです。思ったより簡単に抜くことができました。」

という内容。

それは2008年3月9日のことでした。

その当時の2ちゃんねるでのメッセージを、抜粋してご紹介します。

「また凄いのが出てきたな」

「あれだけシャカシャカ足を動かしていて、いきなりスピードを上げられたんじゃ、ディフェンスはかなわんな」

「ファーストプレイで憲剛を抜くとは!」

「日本代表の主軸をチンチンだぜ」

「これは和製メッシだ」

「『あの日本代表、中村憲剛を抜き去ったスーパードリブラー』 キャッチフレーズができたな」

「技術・スピード・フィジカルを全て備えた選手は、今まで日本にはいなかったけど、こいつは全部備えてる」

「体のあたるのをさけるようなタイプじゃないね むしろ自分からぶちあたっていくほうだ 性格と同じで好戦的だな」

「中村を抜いたシーンは、スピードにのっていない状態でかわしてるからすごい。あの状況では、パスかクロスしか普通の日本人選手には選択肢がないのに、あのステップだけでかわすのは、すごいセンス感じるわ」

「日本にはいないタイプだな。ビセンテにちょっと似てる。怪我さえしなければすごい選手になるかも」

東京ヴェルディファン以外のコメントでも、

「こりゃまたとんでもないのが、出てきたもんだな」

「これはもうメッシだな」

「みどりにはもったいねぇ」

「走りだけじゃなくて、センスもいいもんもってるよ」

「憲剛があんなに簡単に抜かれるとはね…」

などなど、驚きと褒めたたえる言葉が多かったように思います。

その時の河野広貴選手の印象が、サッカーファンに与えた衝撃の大きさが表れているコメントたちですね。

 

まとめ

今回は、河野広貴選手のドリブル突破やプレースタイル、そしてプレーへの評価などについて、見てきました。

河野広貴選手のJ1デビューは、鮮烈としか言いようのない印象を見るものに与えました。

しかし、その後の河野広貴選手は、いまひとつブレイクしきれないところがあります。

これはFC東京に移籍した後でも、変わっていません。

原因は、よくはわかりませんが、プレースタイルそのものによるものかもしれませんし、河野広貴選手本人のサッカーや、自分の生き方への考え方によるものかも知れません。

デビュー時のインパクトがあまりにも大きかっただけに、その後の河野広貴選手への期待も大きすぎて、実際の本人の実力に差があった、ということは十分に考えられます。

まぁ河野広貴選手は、まだ26歳です。

まだまだ大きく飛躍する余地はあると思いますので、今後の河野広貴選手の奮起に期待していきましょう!

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